絵を描く人になる。そうきめた。絵が好きで描いていたら絵を描く人になっていた、というのが多いだろう。でも絵を描く人になりたいと思った。なぜだか自分でもわからないが。「絵」を描くのがすきとか、「絵」を描きたいというわけではない。なんか絵を使って何かをしたい。そういう考えがある。絵が描ければ、いろんなところで活かせるなって。それだけで独自なものになるし、なによりぼくは、世界観をつくりたい、つくれるようになりたいと考えている。そのひとらしさ、そういうものがすき。自分にはどういうものがあるのかわからない。どうなるのか楽しみ。一般的な方法だとたぶん続けられない。つまらないからだ。おもしろくない。訓練とか修行がしたいわけではなく、楽しいことをやっていたい。絵を描く人の話をきいていると、いや、ネットで眺めていると、みんなつまらなそうだ。絵が完成したときだけ楽しそう。うまく描けないとか、下手だとか、他の人が〜とか。そういうつまらないことやりたいって思わないよ。やることに興味を持ってやるなら、人が言っていることが自分も楽しい確率はかなり低い。基本的に。なにかやり方に従ってやるんじゃなくて、やり方から自分で考える。それって一見効率悪いし「え?」って思われるかもしれないけど、いままでいくつかの経験をしてきて、ぼくはそういうやり方にたどり着いた。自分の声を聞こう。どうしたいか、楽しいのか、つまんないのか、なにが気になっているのか。そうやっていくと、それをやること自体が楽しめるようになる。気がする。わかんないけどね。「暇と退屈の倫理学」っていう國分功一郎という人の本が、このぼくの考え方の1つの参考になっている。絵の描き方を考えながら(絵かいたいことないし描けないのに(それによって描かずに終わる可能性をはらんでしまうデメリットあるが))、絵を描くアプリを作りながら(既存のお絵かきアプリごちゃついててなんかやだってなるから)、絵を描くことをはじめよう。そういう気分、いま。