視界に入る情報を制限することで、かえって解像度が上がる体験をしたことはないだろうか。すべてが見渡せる広大な風景よりも、小さな窓枠というフレームを通して切り取られた一部の景色のほうが、なぜか記憶に強く焼き付くことがある。

言葉も同じかもしれない。すべてを語り尽くそうとするよりも、ある一点にだけピントを合わせ、残りを余白として放棄すること。そうすることでしか立ち上がらない輪郭というものが、確かに存在するのだと思う。

短くても、断片的であっても、ただそこに置いておく。誰かに届けるためではなく、自分のための標本として。